「合掌造り」ってどんな屋根?
和食をはじめ、着物や温泉、畳など、日本の衣食住における伝統文化は数多くあります。その中で、建築技術も欠かすことはできません。特に、日本の伝統的な建築技術の中で「合掌造り」と呼ばれる独特な屋根の造り方は、世界からも注目されています。そこで今回は、合掌造りの特徴や、実際の住居がある集落の魅力についてご紹介します。
合掌造りは風雪から建物を守るための屋根
日本独自の美しい伝統的建築スタイルのひとつである「合掌造り」。手を合掌したときの腕のような形状からその名が付けられたと言われています。屋根の角度はおよそ60度から75度と急勾配。その理由は、寒冷な地域で生まれた建築技術であることが大きく関連しています。
寒冷(豪雪)地域は冬になると大量の雪が降り積もります。屋根に雪が大量に積もると、その重みが建物全体への大きな負担となります。しかし、この急勾配な屋根の形状により雪は自然に落ちやすくなり、建物自体が雪の重みから解放されることで、耐久性が向上します。つまり、冬の厳しい条件下でも建物の構造を維持するために生まれた屋根ということです。
合掌造りの屋根には茅(かや:ススキ、ヨシ、チガヤといった植物の総称)が用いられています。それらを刈り取って束にしたものを素材として使用しています。茅葺きの屋根は、通気性・断熱性・吸音性・保温性に優れており、厳しい寒冷地域での暮らしを支えてきました。
その一方で、茅葺きの屋根は40~50年と寿命が短く、20~30年に一度は葺き替えなければならないデメリットも。葺き替えには専門的な技術も必要になるため、維持管理は容易ではありません。しかし、機能性や自然との調和を体現した美しい形状の合掌造りは、日本の伝統的な建築技術の優れた例として今でも大切に使い続けられています。
形状のほかにもある合掌造りの特徴
屋根の形状のほかにも合掌造りの建物にはさまざまな特徴があります。
主用構造部材の一部に、丈夫で湿気に強く、防虫・防腐処理をしなくても長期間使えるクリ材が使われています。屋根裏の部材には縄やマンサクという植物の若木を使って組み立てていて、釘などの金物を使用していないのも特徴です。部材の結束に金物を使わないことで柔軟でしなやかな構造となり、激しい雨や強風、雪の重みなどを受け流せるようになっています。
またその屋根の構造が、「切妻合掌造り」と呼ばれる、屋根の両端が本を開いて伏せたように三角形になっており、屋根裏に広い作業スペースを確保することができます。かつては養蚕の作業場として利用されていたのだそうです。今では葺き替え用の茅を貯蔵する物置や食料の乾燥庫などとして、幅広く活用されています。
形状に目を奪われがちの合掌造りの屋根には、さまざまな工夫や特徴があります。そんな合掌造りの屋根、現在はどこで見られるのでしょうか。
合掌造りの集落がある「白川郷」と「五箇山」
現在、日本で合掌造りが見られる代表的な場所は「白川郷(しらかわごう)」と「五箇山(ごかやま)」の2つ。岐阜県にある白川郷の荻町、富山県にある五箇山の相倉(あいのくら)・菅沼(すがぬま)の3集落は、「白川郷・五箇山の合掌造り集落」の名のもと、1995年にユネスコの世界遺産に登録された場所としても有名です。
白川郷は岐阜県飛騨地域の庄川流域を指す名称で、合掌造り集落があるのは大野郡白川村荻町地区です。日本有数の豪雪地域でもあるため、風雪に強い合掌造りの屋根が視界いっぱいに広がります。日本の原風景ともいうべき美しさを眺めるだけでも足を運ぶ価値ありですが、中には宿泊施設として利用できる家も存在。一晩過ごすことで、合掌造りがどのようにして人々の生活と環境に適応してきたかを実体験することができます。
実はこの白川郷・萩町地区の合掌造り集落は、住居の向きが全て同じ。これは強い季節風が吹くこのエリア特有の発想で、風の抵抗を最小限にすると同時に、屋根への日照量を調節するのが目的なのだそう。夏は涼しく、冬は保温されるようにと、自然のエネルギーを利用しながら快適な暮らしを守る仕組みになっているのも白川郷の特徴です。
五箇山は富山県南砺市内に位置する40の小さな集落の総称です。世界文化遺産に登録されている相倉と菅沼の集落には、合掌造りの家だけでなく伝統的な建物が多く残っており、現在も人々が生活しています。山間にある小さな集落の相倉には20棟。のどかで閑静な集落の菅沼には9棟の合掌造り家屋が現存。最も昔に建てられたものは17世紀までさかのぼるとか。相倉と菅沼にも、合掌造り家屋を利用した民俗館、飲食店、お土産店などがあり、この土地ならではの食事などが楽しめます。
また、白川郷・五箇山では“結(ゆい)”と呼ばれる住民同士で助け合う相互扶助の精神を大切にしています。合掌造りが立ち並ぶ独特の景色だけでなく、こういった住民同士の営みも世界文化遺産登録の後押しになったと言われています。
季節によって表情を変えるのも合掌造りの魅力
合掌造りの集落には、もうひとつ大きな魅力があります。それは、季節によって全く別の景色が楽しめるということです。
春に訪れると、新緑に囲まれた合掌造りの建物が広がり、生命力に満ちた春の息吹を感じることができます。
夏はさらに濃さを増した緑と茅葺き屋根のコントラストが美しい景観を演出。地元住民が農作業に精を出す時期でもあり、農業風景などを見ることもできます。
秋はもちろん紅葉。赤、黄、オレンジの秋景色に佇む合掌造りの建物が、日本の秋を象徴するような絶景を生み出します。白川郷・五箇山の秋の風物詩として注目されているのが「放水」。サイレンと同時に水柱が一斉に上がる圧巻の光景を楽しむ観光客で賑わいます。しかし、この放水は観光イベントではなく、燃えやすい茅葺き屋根の火災に備えた防災訓練です。年に一度(地域によっては数回)、点検を兼ねて一斉に放水する光景を見ることができます。
そして、最も印象的なのが冬です。厳しい冬を耐え抜くために生まれた合掌造りの建物は、雪に覆われることでその真価を発揮します。雪景色となった白川郷・五箇山は幻想的で、年に数回、冬の夜間に行われるライトアップイベントは必見。寒さが厳しい分、絶景を見たときの感動もひとしおです。
四季ごとの風情を感じることができる合掌造りの集落は、いつ訪れても見る者を魅了してくれる貴重な場所。人が自然と共に生きてきた歴史の証であり、訪れるタイミングで異なる魅力を放つ合掌造り集落を、ぜひ一度自分の目で確かめてみてください。
記事についてお気軽に
お問い合わせください。
閲覧履歴からあなたにおすすめの記事です。
-
1000年以上長持ちする屋根建材としての「チタン」
原子番号22 Ti(Titanium)、通称「チタン」。 みなさんは、チタンという素材にどのようなイメージをもっていますか? チタンは実用金属の元素のなかで、鉄、アルミニウム、マグネシウムに次いで4番目に多い鉱物資源です…
-
過酷な自然との闘い〜北海道の屋根の歴史と進化〜
地域によっては冬と夏の気温差が60度にも達し、冬は一日に1メートルも雪が積もる過酷な気象の北海道で、断熱性や気密性を確保するための建材の役割は極めて重要です。 明治時代に開拓使が入植して以降、道外とは異なった進化を遂げて…
-
屋根の用語、いくつ知っていますか? 〜Vol.2〜
前回の記事 屋根の用語、いくつ知っていますか? 〜Vol.1〜 歴史とともに増えていく屋根材に関する用語 瓦や金属など、屋根材を大まかに見分けるのはさほど難しいことではないでしょう。しかし、瓦や金属にはさま…